“ぼくもいろんな自己啓発本を読んで「死ぬこと以外はかすり傷」みたいな言葉を見て、奮起していました。でも、補足しておきたいのは、そういう言葉はすごくいいなと思う反面、危険な一面もあると思っています。 一時期はその言葉で火照ることができるかもしれないですけど、それを続けられるような「仕組み」を自分に作らないと続かないと思うんです。大切なのは、そういうメンタルを続けられるような「仕組み」をつくることだと思います。ぼくの場合はそれがブログだった。 ブログに自分の失敗を書いて、それを見ている人に楽しんでもらう、という「使命」を自分でつくっていました。ただ単に「失敗を集めよう」とか「失敗したらそれを喜ぼう」というだけじゃ精神は持たない。それを自分の生活の中に仕組み化する。それがうまくいくコツなんだと思います。”
さらにこちらでは
“「奴隷制はわが国の産業構造に適している」「奴隷制がないと国際競争に勝てない」「奴隷制で回している産業の利益で国の経済は回ってるんだから文句を言うな」「奴隷でいて幸せだと言う人もいる」と全部南北戦争前の米南部の主張なんだが、21世紀のどこかの国でも同じようなことを言う経営者らがいる。”
— OGAWA Kandaiさんのツイート: “「奴隷制はわが国の産業構造に適している」「奴隷制がないと国際競争に勝てない」「奴隷制で回している産業の利益で国の経済は回ってるんだから文句を言うな」「奴隷でいて幸せだと言う人もいる」と全部南北戦争前の米南部の主張なんだが、21世紀のどこかの国でも同じようなことを言う経営者らがいる。” (via rpm99)
“日本では能力で出世(適切なポジションに着く)と言うより、成果に対する報酬で出世してゆくケースが多いからだと思います。 つまり日本社会での経営陣(上長)というのは、名誉職みたいな物になってしまっている。能力や適性でポジションが与えられてないのだと思う。”
— 神野仁/J.Kannoさんのツイート (via mug-g)
“「難しい」と思うとスピードが落ちる。「簡単だ」と思えればスピードが上がる。「簡単だ」と思うには、最初にすべき「簡単な」アクションを見つければいい。”
— Twitter / shigotanon (via drhaniwa)
まず、人が集まってくる理由は「何か高い志を掲げている」っていうのって大きいです。弱い人を助けようとか、今のこの状況に風穴をあけようとか、「世界をより良い方向に変えよう」みたいな理想を持っていると人って集まってきます。
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あと、もうひとつ、人が集まってくる大きい理由がありまして、「誠実で大真面目で、でも不格好で、たまに失敗したりする人」ってみんな集まってくるんです。
もう一度、言いたいのですが、「ただ能力が高い人」ってやっぱりみんなそんなに好きじゃないんです。というのは一緒に仕事をしていて「その能力が高い人に、自分のことを『こいつ能力が低いなあ』って判断されたくないから」だと思うんです。
あるヤクザの人が刑務所に入れられていろんな本を読むうちに、“敬語の重要さ”というものを知り、「裸一貫で生きてくのに最も簡単で強力な武器は言葉遣いだ。どんな相手も自然な敬語でしゃべれば受け入れてくれる」と悟った、という話は実に示唆に富む。どうしても人は見た目、印象で判断されるのだ。
「お互い相手に気を使いましょう」ではなく、「嫌だと思った時には、理由のいかんを問わず「嫌だ」と表現しましょう」というルールのほうが、教室が「和」の空気に到達できる可能性は高いのではないかと思う。
金持ちには晴れ舞台でバーンと気持ちよく使わせてやるシステムが必要だよ 欧米みたいに上流階級の紳士淑女が着飾って贅沢なチャリティパーティに出かけていって ホホホ宅は○○児童館を建てましたの、はははうちは○○橋を造りましたよ、とか談笑し そんな中、二億円を寄付して下さった○氏に拍手を!とかいきなりスポット当たったり そういう、自尊心を満足させて金を吐き出させる社会システムは、 戦前の日本にも確かにあったはずなのになあ。

